Web制作会社の若き後継者が語る、事業承継後の「良い組織づくり」の重要性

2020.02.11 インタビュー
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※ この記事は事業承継ラボに掲載された内容を転載したものです

事業承継の需要が高まっている一方、今なお求職者から人気が高いIT業界やWeb業界では事業承継を行う企業はまだ少ないのが実状です。「IT革命」が起きた1995年から、約25年。業界としてもまだ若く、「経営者が引退を考える年齢でない」というのも理由の一つでしょう。

しかし、IT業界は続々と現れる新たな技術を取り入れていかなければ、需要を捉え続けられない、非常に流れの早い業界でもあります。事業承継の準備は早めに済ませておくに越したことはありません。IT企業にとっても決して他人事ではない事業承継。今回は、事業承継を通して大阪市のWeb制作会社「株式会社ユニオンネット」の代表取締役に就任した丸山享伸さんにお話を伺いました。

(インタビュー:小野澤、葛谷)

「僕はもともと、ユニオンネットという会社に愛着とか、執着心というものがなかったんです」

インタビューが始まってそうそう、丸山さんは驚くべき事実を吐露。

はじめは営業会社として事業をスタートした同社は、その後OA機器のリース販売に着手しました。それから事業を転換して、ホームページのリース業を手がけ、現在のWeb制作会社としての業態に落ち着きます。じつは、もともとWeb制作会社として事業をスタートしたわけではなかったのです。

丸山さんは同社のデザイナーとして働きながら、非常にシビアに、現実的に自分のキャリアや企業の「寿命」について考えていました。

『何を作るか』よりも『どう届けるか』

Web制作会社のデザイナーとしてコンテンツを制作しながら、丸山さんは「作るコンテンツに関わらず、ユーザーにとって質量は同じ」ということに気がついたといいます。ひとつのWebサイトも、メディアも、ツイートであっても。ユーザーのデバイスに表示された瞬間、その質量は同一である。そう気づいた丸山さんは「広報」という職種に魅力を感じ始めます。

「なにを作るか、ということも大切ですが、どう伝えるか、も大切なんだと思ったんです。それで、当時の代表に『広報として働きたい』と打診しました」

先代からの許可が出たので、さっそく広報としての業務に取り掛かろうと考えた丸山さん。しかし、社内に広報の部署がなかったこともあり、独学で資格を取得したり、セミナーに参加したりしながらノウハウを吸収していきました。その中で、「広報の仕事と経営はすごく似ている」と実感。企業の理念や方向性を社外に発信する広報と言う仕事は、経営者の仕事と非常に近しいものであり、経営者が取り組んでもよいのではないか、と思い至ります。

その後、本格的に広報・マーケティングという職種への転職を意識し始めたタイミングで、先代から「別の事業で忙しくなるから退こうと思っている。社長としてやってみないか?」と誘われたのでした。

事業承継時の心境について

「なかなかこんな機会はないし、やってみようかな、という感覚でした。けっこう即答で『やります』と返事しました。」

――すごいですね……迷いはなかったんですか?

「年商近い借り入れがあったので、一応家内には相談しました。ただ、業績が上り調子だったことが背中を押してくれた、というのもありましたね」

――丸山さんよりも年上の方もいらっしゃったと思うのですが、踏み切るのは難しくはなかったですか?

「そんなに気にしませんでしたね…。直接聞いたことはないのですが、今でも『丸ちゃん』と呼ばれているので、そんなに軋轢みたいなものはないと思います」

未練を断ち切って新・ユニオンネットへ変貌を遂げる

――他の経営者様と関わる中で「これからどういったビジョンを持ってやっていくんですか?」と聞かれたときに答えられないもどかしさがある、というブログの文章を拝見しました。これは『らしくあろう』としていた結果だ、とも述べておられましたが、それについてはいかがでしょう。

「先代のように振る舞いながらオリジナリティを出すのが正解なんだ、と思っていたんですが、そう思っていると自分の答えが言えないな、と気づいたんです」

――なるほど。

「先代がどのように振る舞っていたのか、先代のときからお付き合い頂いているクライアント様と関わる中でも見えてくるものもあって。『これが代表の仕事じゃないだろう』と思うこともありました。それで、『もう先代の影を追うのはやめよう』と思い立ったんです」

――『らしくある』という言葉の中に先代の幻影も含まれていたけれど、そうではなくて、自分らしいままそこにたどり着こう、という感覚でしょうか。

「まさに、そうですね」

――事業承継後に売上と従業員が減少した、とお聞きしたのですが、当時を振り返るといかがですか?

「じつは、売上自体は下がったんですが、利益は増加したんです。だからそれほどまずい状況ではなかったんですね」

浮き足立ってしまいがちな事業承継後の経営も堅調に進めた丸山さん。それからも丸山さんは「人に投資する」という意識を忘れずに組織づくりに取り組んでいきます。

「良い組織」とは「楽しく成長できる環境」のこと

――事業承継後はかなり雰囲気も変わったと思います。意識して取り組まれている「良い組織づくり」についてお聞かせいただきたいのですが、丸山さんの思う「良い組織」とはどのような組織なのでしょうか。

「楽しく成長できる環境、だと思っています」

――従業員時代からその点は変わらずに抱いておられる思いなのでしょうか?

「そうですね、僕自身ずっと考えていたことなんですが、『楽しく働くためにはどうするか』を基準に行動してきました。なので、意思決定の基準は『楽しいかどうか』です」

――なるほど。例えば「お金」を意思決定の基準にする方は多いと思うのですが、そうではないんですね。

「思っているほど基準にはしていないですね。例えば契約をたくさんいただいて、現場が疲弊してしまう状況に陥ったとしたら、僕は売上を減らせばいいじゃないか、という考えに至ります。無理に人を入れてでも売上を伸ばそう、とは考えないですね。僕は労働力欲しさに人を採用するのではなくて、『ウチで一緒に働きたい』と思っていただける方と一緒に働きたいと考えています」

――その基準があるからこそ、「楽しく成長できる環境」を作れるとも言えますね。

「そうですね、あとは経営者のビジョンとしても必要な基準だな、という風に感じます。僕自身が経営者になって、お会いする経営者の方はどちらかというとベンチャー寄りの方が多くて。皆さん『このサービスで世の中を変える!』といったビジョンをお持ちなので、僕は何なのかなって考えてみたんです。それで一番しっくりきたのが『良い組織づくり』だったんです」

――なるほど。

「『職業:経営者』として自分を捉えてみたときに、『経営者の仕事って何?』という問いが生まれて、それに答えようとしたときに『売上を立てながら、良い組織を作ることだ』と思い至ったんです」

また、丸山さんは業界全体を俯瞰してこう続けました。

「Web制作って3〜5年でキャリアを積みながらステップアップしていく必要があると思うんです。なので、業界的な意味でも『成長できる』というのは必要かな、と。それで何年か経って『あそこの会社が一番面白かったなぁ』と思い出してもらえるような会社を作るのが、経営者としての仕事だと考えています」

――少し話は変わるのですが、採用についてはどのような点を基準にしておられますか?

「最も根幹の部分から話すと『組織に属したい人かどうか』を基準にしています。誤解されやすい表現なのですが、今の時代って優秀な人なら個人でも稼げてしまうじゃないですか。これからこの流れはさらに加速していくと思っていて。そうなったときに会社が『一人で稼げない人の集合体』になってはいけないと思うんです」

力強く、丸山さんは続けます。

一人でできないことを成し遂げるために組織に属す、という感覚を持って欲しいなと思います。そこがないと『社畜』という言葉が生まれたり、マインドがずれていってしまったりすると思うんです。業界的にもウチは最先端を行っているわけではなくて、10分の8くらいしか学べないので、残りの9、10を学ぶためにはさらにステップアップしてもらわなくちゃいけない」

「もちろん、そのためにウチを最大限利用してもらって、先へ進んでいく意識を持って働いてほしいな、と思います。その気概は必要ですよね、ということは面接時に伝えるようにしています。その点は、かなりしっかりとすり合わせを行いますね」

――先ほど、丸山さんから3ヶ月にいちど社員の皆さんと1on1で面談する、などの取り組みを教えていただきましたが、他にもよい組織づくりのために取り組まれている具体的な施策はあるのでしょうか。

『いきなり否定は絶対にしない』というのはあります。どんな意見であっても『なぜこの人はそう思ったのか』を考えるようにして、すべての物事に対して多面的に見る、ということ。社員の抱えている悩みを、僕が諦めてはいけない、と思って傾聴を心がけていますね」

――すこし話は変わりますが、社内承継を果たした丸山さんならではの悩みや気づきはありましたか?

「そうですね、従業員として働いていたからこそ現場の声を拾いやすいというのはあります。普通の人よりもだいぶ距離が近い、というのは実感しますね」

後継者のホンネ|事業承継をして後悔していることや良かったと思う点について

――事業承継をして後悔していることなどはありますか?

「そうですね…。事業承継をした段階で、全体的にビジネススキルが圧倒的に低かったと思うんです。それで、事業承継をしたあと、僕はまずSPI診断を受けてみたんです」

――えぇっ!SPIですか。

まずは自分を知ろう、と思いまして。その結果、僕はお金稼ぎに一切興味がないと出たんです」

(一同笑い)

「それで、人の気持ちを理解したり傾聴したりするスキルも低かった。これはまずいな、と思って、そこからビジネスについて猛勉強していったんです。それで、実際に経営者をやってみて改めて気づいたのが、『経営者って終わりがないんだ』ということでした。これまで守られていた自分にも気づきました。(中略)会社員と比べてもリスクや心のすり減り方が違うな、ということを理解して、それに気づいたとき、ちょっと後悔しました」

だけど、と丸山さんは続けます。

「だけど、最終的にはそれを超えるくらいに『おもろいな』って思っています。経営って何が起こるかわからないから、エンタメっぽくて楽しいなって」

――エンタメ、ですか。

「全体の前で話したときに、社員のみんなに自分の言葉が伝わらなくて『こんなに伝わらないのか』と思うこともあります。でも3ヶ月後に伝わる人がいたら『よしっ!』ってやりがいを感じられたりしますね。あと、『視線が中に向いている』状態ではなく、『視線が外に向いている状態』のときに、本当に良い組織が生まれるんじゃないかな、と思います」

――外を向いている状態というのは?

「例えば社内の状況じゃなくてサービスや顧客に目を向けている状態ですね。社内の全員が外を意識して、目を向けられるようになれば良い組織になると思っています」

――今のお話を聞いて、僕の中には「みんなが背中を預けあって輪になっている状態」が思い浮かびました。

「そうですね、まさにそんな状態が理想だと思っています」

丸山さんに聞くこれからのキャリアとユニオンネットの未来

――丸山さんの今後の展望についてぜひお聞かせください。

「自社についての認知は広まってきましたが、サービス面やどういう人が働いているのか、という点についてはもっと浸透させたいと思っています」

――段階が変わってきたのですね。

「また、時代的に、提供するサービスや会社のクオリティよりも、そのサービスを提供するに至った企業側のストーリーが大切なんじゃないか、と思っています。もちろん、サービスを利用する方にとっても、利用する前から利用した後の前後の文脈が見えていることが大切なんじゃないかと」

――丸山さんの個人的なキャリアについて、展望をお聞かせいただけますか。

「事業承継から3年が経ち、少しずつですがようやく自分や周りの人たちが納得できる状態になってきました。これからは自分と同じように事業承継を行った後継者の方の相談に乗ってあげれたらな、と考えています。もしこの会社の事業として活きるのであれば会社名義で行いますし、そうでないのならこの会社は誰かに引き継いで、事業承継のコンサルティングを行おうかな、と思っています」

――それくらいの熱意をもっていらっしゃるんですね。

「中小企業ではよくある例かもしれませんが、僕がこの会社を引き継いだときに、良くも悪くもワンマン経営体制になってしまっていました。そうならないよう、今は『いつでも引き継げるような状態』に会社を持っていこうと考えています。誰かが引き継ぎたいと思ったときに『じゃあどうぞ!』と言えるように」

丸山さんはさらに続けます。

「ベンチャー企業ってCEOとCOOが入れ替わったりすると思うんですが、組織ってそうあるべきなんじゃないかな、と。僕らがこれから成長フェーズに入っていったとき、もう僕自身が社長をやる必要はないと思っています。成長フェーズで『サービスを伸ばしていこう』という段階になったら、僕より優秀な方は社内にもいるので、そういう方に代表をお願いしたほうが会社は全然伸びると思っています」

――たいへん貴重なお話、ありがとうございました!

今回、丸山さんには事業承継によって経営者の舞台にたった人だけが味わう苦悩やストレスをありありとお話いただきました。しかし、丸山さんはそれらを超える「面白さ」を感じ、「みんなが成長できる環境づくり」に尽力しておられます。

2代目コンプレックスに悩まされていた丸山さんだからこそたどり着ける「やりがい」がある。「みんなが楽しくないと自分が楽しくない」と話す丸山さんだからこそ導ける「良い組織」がある。事業承継は企業の未来を開く手段になりうるということを改めて教えていただきました。

業界、社員、そして経営者という立場すら俯瞰してしまう丸山さん。最後にはこんなことも仰っていました。

「僕はみんなに生かされてるんですよ、明日みんなが辞めたら、即死亡ですからね」

取材・文章:小野澤 優大
記事転載元:事業承継ラボ

この記事を描いたひと

untenna編集部

企業のWeb担当者と制作会社の想いをつなげるメディア「untenna」の編集部。

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